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「相田みつを」を語る 相田みつを美術館館長、相田一人氏の講演会

相田みつを美術館」の館長で相田みつをさんの長男である、相田一人さんの講演会に行ってきた。相田みつをさんは詩人でありながら書家である、いわゆるシンガーソングライターのような存在だ。独特の書体で書かれた詩集を目にしたことは必ずあるはず。

相田みつをさんは大正13年に栃木県南西部の足利市に生まれる。二人の兄に学費を出してもらいながら栃木県立足利中学校通い、卒業後、歌人・山下陸奥に師事。1942年に曹洞宗高福寺の武井哲応老師と出会い、在家しながら仏法を学んだ。書家として芽が出始めたのは、過去の書を一冊の本にまとめた「人間だもん」を出版した満60歳以降の事。しかし、1991年、満67歳に脳内出血により若くして永眠。没後になって、相田みつをの書はさらに人気を増し、学校の教科書にも数多く掲載されるなど、今も大器晩成を続けている。

相田みつをさんの書の特徴は、平仮名が多いこと、わかりやすいこと、誰でも自由に受け止められることだ。上手いのか下手なのかがわからないような独特の書体から、字が汚いと誤解される事が多いそうだ。しかし、20代前半で書の全国コンクールで優勝するなど、書の腕前は秀逸で、独特の書体は字が下手だからという理由では無い。文字は音声を使わず目で情報を伝えるための単純な道具ではなく、その書体によって真のメッセージをより強く伝える事ができる。相田みつをさんの試行錯誤の結果がこの書体なのだ。

相田一人さんは子からみた父「相田みつを」さんについて、様々エピソードを交えて話してくれた。唯一残されていた相田みつをさんの講演会のビデオの紹介では、聴講者が目頭を押さえる場面も。戦争によって二人の兄を失ってしまった相田みつをさんは心から和平を望んでいたようだ。

また、6月2日の鳩山由紀夫首相の民主党両院議員総会での退陣発言の最後に、「相田みつを」の詩が引用されていたそうだ。

韓国の済州島に行って、ホテルの部屋の先にテラスがありました。テラスに1羽のヒヨドリが飛んでまいりました。わが家のヒヨドリが飛んできたと勝手に解釈して、この鳥も「早く自宅に戻ってこいよ」と招いているように感じたところであります。雨の日には雨の中を、風の日には風の中を自然に歩けるように、国民の未来を見詰めながら、対話の中で新しい時代をつかみ取っていこうではありませんか。そのことを申し上げながら、ふつつかな私ではありますが、8カ月余り先頭を立って歩ませてもらったことに感謝を申し上げ、国民の皆さんへのメッセージとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

相田みつをさんの書にこめられた数多くのメッセージは曹洞宗の影響によるものが大きいのかもしれないが、その教えを人々の目線でわかりやすく伝えようとしている点が共感を得ているのだろう。毎日この書を目にすることで、失われるつある和の精神が少しづつ蘇ってくるような気がする。近いうちに相田みつを美術館にも足を運ばねば。